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東京で育つ私は、18歳で故郷鹿児島を出て、1年間福岡で浪人時代を味わい、実質20歳の年に、大学生として東京に出てきた。
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東京で育つなど偉そうなこと言いますが、甘かったなぁ〜その頃の自分って、何がって?考えが全て甘ちゃんだったよ。
大学に受かったことが、これ以上もない大きな仕事をやってのけた的な考えが始まりだったね(笑)。
それは、いつしか東京に憧れていた気持ちさえも、覆すような気持ちで御座いました←甘い!!
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そして、そのまま、なんやかんやで4年間、いや!?5年間(大学5年も行ってしまった)。5年間あるうちの2,5年間は寝てた←なんかイラってするほど、甘いですねあなたは。(大学時代のことは別のコンテンツ内にて・・・)。
でもでもそれでも前向きな私、アホのようにプラス思考な私は、そのだらだら時代があったからこそ、今の自分がいてるって、今、純粋に振り返る!!
東京に育ててもらったよ。
大学5年間も行けば、就職も思い通り行かない←っそりゃいかねえだろ!!
だけど逃げなかったなぁ〜実家に帰ることも実際、考えた、帰ってどうすんの!?
そう帰ったところで、マジどうすんのって、深く思ったよ。大学時代、これまでの東京生活を完全に無駄にするってね、パァーーだよってね。本当にそう思った。また逆に、逃げる場所もなかったからなぁ〜・悲。
そこからだ、とにかく奮起せな!!東京という場所は、手に職などなくても、己に働く意思さえあれば仕事はある。
そして、そのまま社会人へと。
その頃、付き合い始めた今の私の嫁、タイミングバッチリではないですか!?目標−5年後、この子と結婚してやる!!
東京のど真ん中で6畳一間、家賃7万4千円のコーポへ引っ越し、やれることはやった。長渕の歌詞が妙に心に響き続けていたこの時代!!
我慢もした、東京の人にも合わせた、営業先でも悔しくても笑った、毎日の満員電車にも耐えた、偉そうな言葉も慎み上司の意見に興味を示した、とにかく自分を押さえ込み、変えることに励んでいった!
でも、そんなの当たり前にみんなこなしているとは思いますが、それまでの私はその当たり前ということすら出来ない現状であったりしたので。。そんなしていると、うれしい悲鳴!?借金が貯金に変わっていった。
見えてきたぞ!結婚!!
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思うことは、やっぱり東京って全国、いや世界中から人が集まってくるので普遍性のある鹿児島の人たちとは違い、そこには様々な発想や思考や理屈などが芽生える−十人十色。
そんな東京の人たちから、影響を受け、心を養い、心を鍛えた!!
でも、これで終着ではない!
これからも、まだまだ東京に揉まれながら生きてやる、揉まれさせて下さい、東京(TOKYO)。
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